932: 名無しさん@おーぷん 2014/08/05(火)14:15:13 ID:???
冬頃の修羅場を3行で。

元彼が人を雇い、私を襲わせ、自分が助けることで復縁しようとしていた。
襲われた側とは言え、行きつけのお店で、かつ暴力で解決したのは反省している。

2行で終わったので以下はフェイク込の詳細。


元彼で、思い込みが激しい性格な上、暴力を振るわれたのですぐに別れた人がいた。
同時期に転職のため引っ越しもしたので当然そのまま疎遠に。
元彼さん、別れてからも何故か私が自分を好きだと信じて疑わず、
「復縁してやってもいいと思っている」と言い続けていると共通の友人から聞かされた。
でも本人から連絡等は特になく、数年後に起きる修羅場当日まで私自身忘れていたくらいだった。

冬頃に引っ越し先の私行きつけのお店で再会。上に書いた通り引っ越ししてから数年経過している。
元彼曰く全くの“偶然”で、さらに“偶然”私のいない間に通っていて、常連になっていた。
元彼の住んでいたところから電車で二時間はかかるし、偶然にしても少し嫌な予感がした。
一言二言話すと電話片手に外に出て行ったから、これ幸いと私は帰り支度。

お会計してお釣り貰った辺りで見知らぬ男が来店。
後ろから急に首絞められたので、とっさに反撃、こかしてマウント取ったところで元彼帰還。
その男が元彼の名前呼んで、話が違う!的なことを叫んだことでお察し。
そのまま元彼に殴りかかられ、反射でアッパーカット決めてしまい元彼ダウン。
店長や常連さんがあわてて二人を取り押さえてくれて、警察呼んで待機。

警察来るまでの間に聞いた話だと、襲った理由としては最初に書いた通り。
「復縁してやってもいいと思ってるのに、アプローチしてこないから制裁した。」
「こいつ(私)は馬鹿だから、ヒーローに憧れてる(?)。助ければ俺がヒーローだった。失敗したこいつ(男)が悪い!」
意味が分からない理由で、お店や常連さんに迷惑かけたこの人と付き合ってた事実すら情けなくなった。
警察が来たら案の定、この女(私)に突然暴力を振るわれた、周りの奴らも共犯!と言い出したので、録音しておいた上の会話を提出。
犯人逮捕もしてくれる、そう、iPh○neならね。ということで敢え無く二人はドナドナされていった。

後日皆様にお詫びと感謝をお伝えに行ったら、気を使わずまた遊びに来てほしいと言って頂けた。
私が格闘技をやっていたので、過剰防衛に問われかけたり門下破門になりかけたりしたけれど、一応無事に解決。
店長と常連さん方しかいなかったとは言え、これでお店に悪い噂が立たないともかぎらない。しばらく店名でネット検索かける日々だった。
先日お店のイベントにお呼ばれされたので聞いてみたら、事件以降も営業は順調だそうです。
襲われたのきっかけで現彼氏の心配性が爆発してプロポーズ、飛行機距離の場所に新居も決まったので厄落としに書き込み。


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782: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)13:11:04 ID:???

親戚一家相続トラブルの進行中の修羅場
私から見て、伯父が~伯母が~従兄弟が~従姉妹が~だとややこしいので
伯父目線で書く


バブル崩壊前まで手広く事業をやっていた
もちろん戦後からこつこつと会社を大きくしてきたが
バブル崩壊の10年くらい前に不動産に手を広げ
田んぼだらけの町が新興住宅街に変わり始める時期だったので
不動産関係でとにかく儲けた

建築関係・飲食店・中古車販売・不動産
地元でそこそこ名の通った会社に成長した
娘2人は嫁いだので、唯一男子の長男を専務にしたが
社長である自分と古い社員で会社を回してきたので、
息子は肩書だけの専務、いわゆる「何にも専務」

思い返せば夢のような時代だった
何をやっても儲かり、毎晩繁華街で豪遊、高級外車を何台も購入し
自宅は増築を繰り返し、
最終的に1ブロック全ての土地を買い豪邸を建てた頃、バブル崩壊


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742: 名無しさん@おーぷん 2014/07/26(土)17:32:05 ID:???
子供ネタで思い出した。
5歳くらいの時、母方の田舎に遊びに行った。母と父は、伯母とその夫、祖父母と仲良く話し込んでいたので、
私はや一つ下の従弟と外に遊びに出た。田舎だから防犯意識なんてない。一応、「庭から出ちゃ駄目」とは言われた。
で、庭というか、祖父母宅の敷地とお隣の敷地との境が、土手みたいになってた。
最初は葉っぱや花を見てたけど、従弟が小さな穴を発見した。
「掘ろうよ見てみようよ」と言う従弟と一緒に、従弟が見つけた穴を掘り返した。
中にはネズミの赤ちゃん沢山。
今なら絶対無理だけど、幼児って怖いもんなしだよね。従弟と両手に一匹ずつぶら下げ、合計四匹連れて祖父母宅の縁側に。
母と伯母は「あ、おかえ……うぎゃああああああ!」と跳び退って走って逃げた。
父と伯父は母達より遠く逃げた。「来るな、寄るな、あっち行け!」など、我が子に向ける言葉ではなかった。
祖母も「も、元のとこに戻してきなさい」と震えていた。
祖父だけが、部屋に残っていた。
大好きな祖母を震えさせたことが子供心に修羅場だった。
従弟と「可愛いのにね(´・ω・`)」「ねー(´・ω・`)」と土手に戻してきた。
「手、手を洗いなさい」とアルコール等で消毒しながら何度も手を洗わされた中、祖父が母達に
「寝たきりの親を置いておまえたちは…」と説教していた。


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124: 名無しさん@おーぷん 2014/09/13(土)17:15:03 ID:mH9B3TgBS
私は第一子(息子・当時3歳)を20年前に亡くしてる。死因は小児癌だった。
息子の父親である元旦那は病気と闘う息子を見放して捨てた糞野郎だった。
息子の病気が判明するまでは、可愛い可愛いとしつこいくらい構っていたくせに、癌とわかると「ふざけんなよ」と離婚届けを叩きつけて義実家に帰ってしまった。
義実家は口を揃えて「息子が癌になったのは、嫁の陰気なオーラのせい。いつもいつも俯きやがって。こんなんじゃ元気な子は育たない」と詰ってくる。
私が俯くのはお前らのせいだ。不必要に我が家に凸して不平不満を言い、散々食い散らかしてようやく帰る。
旦那は常に義実家の味方だった。それでも私は息子の為だと無理矢理笑顔を作って家事育児をこなしてきた。

元旦那は見舞いにすらこない。
来るのは私の両親だけ。両親は「離婚して戻っておいで。もう我慢しなくていい。息子ちゃんは私達で支えよう」と言ってくれた。
離婚の際、元旦那は提示した額よりも多めの慰謝料を寄越した。
「曲がりなりにもアレは俺の息子。せめてもの情けだ。多めにやったんだから絶対にこちらに関わってこないように」だって。

結局息子は死んでしまった。
私はぽっかり胸に穴が空いてしまって、鬱状態に。
息子が生きていたら買ってあげていただろう玩具やランドセルを揃え、仕事と自宅を行き来する生活を、息子が二十歳になる年まで続けてた。
そんな私を支えてくれたのが同い年の課長だった。彼は片足が義足の人。子供の頃に事故で両親兄弟、足を失った人だった。


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65: ◆pzuJ35AuBVI2 2014/09/11(木)22:58:05 ID:gYvt99EVy
私の亡き父親が猛毒親だった。
それについていた母も父より幾分かマイルドだが毒親だった。
父は仕事で障害者になり、生活保護を受給しながら私は子供時代を過ごした。
四人兄妹の末に生まれた私。
小さい頃は何にも解ってなかった。
大人になるにつれ、親の素行の悪さが目につく。
兄貴達が学校卒業して就職すると、家に給料の半額ずつ入れさせた。
その頃には父の障害がだいぶ改善され働けるようになってた。
長男は工業高校卒業後就職。
次男は定時制高校に行きながらコツコツ働く。
三男は中卒で大工。
私が厨房の頃はこんなだった。
兄貴達から色々聞いたら、長男・次男の名義を借りて街金から金を借りてた。
母はアホみたいにリボ払いで買い物をしてはローンを返す毎日。
父は仕事で工具がいるからと湯水のように金を使って工具を買い漁る。
次男が私に「オカンから名義貸せって言われても絶対に貸すな。この地獄は俺らだけで充分。」と言った。
当時の親父や兄貴達の給料は合算しても結構な額だった。
親父は月30~60万
長男は約25万
次男は約20万
三男は約18万
兄貴達のを半額ずつ貰っても充分生活やっていけて、貯蓄する位の金があった筈だったのに、うちには借金しかなかった。

理由は両親ともパチ●●スに成り下がったからだ。
次男は大人しい性格だった。故に毎日のように父から言葉の暴力を受けていた。
「お前の髪型が気に食わん。坊主にしろ。」
「いっつもぼーっとして、人の話聞いてんのか」
「お前は出来損ないの愚図だ」
食事の席で毎回毎回そんな言葉を次男に浴びせていた。
次男は黙って耐えている。
一度、勇気を振り絞って父に注意をした。
「毎日クタクタになるまで仕事頑張って帰って来てるのに、ご飯くらい落ち着いて食べたいと思う。だから父さん、少し静かにしていてもらえませんか。」と。
父は烈火の如く怒り出し、私に口撃の先をシフト。
口汚く「女は黙って男の言う事をハイハイ聞いてればいい。」
「横から口を挟みやがってこのバカが」
「お前が庇うからこいつは成長せんのだ」
「見てみろ、こいつは人の話なんか聞いてない」
この時、生まれて初めて父に抵抗をした。
「父さんの言い分もあるだろうけど、毎回毎回ご飯の時間帯に言う事じゃないでしょ。ご飯終わって一息ついた時にでも言える事を何でご飯の時を狙って言うのか。折角出されたご馳走でも叱られて食べてたら味もしないし美味しく感じれない」


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21: 名無しさん@おーぷん 2014/09/10(水)15:08:21 ID:LYOC0LtLD
夏に登山に行ったんだけど、そこで後ろ向きに転んでしまった
しりもちをつこうにも傾斜が激しくてそのままグルんグルングルン!ゴロンゴロンゴロン!
後ろにいた子供や家族ををなぎ倒してようやく止まったらしいけど、意識を失ってたからわからなかった
あの時は死ぬかと思ったけど、後ろの人たちが体を張って止めてくれて助かった


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948: 名無しさん@おーぷん 2014/09/07(日)00:35:09 ID:qA5xd43ZA
親父が祖父(父の父)にレゴブロック投げつけたこと。
当時まだ幼稚園だったが鮮明に覚えている。
そのブロックは祖父が買ってくれた物だったが、対象年齢12歳以上で、
父は祖父に作れもしないのに買ってやるな、誕生日でもないのに物を買い与えて甘やかすなと怒っていた。
当然幼い俺一人では手も足も出ず、ブロックは埃を被っていたが、
ある時父が気まぐれを起こして作るかと言ってくれ、俺は喜び二人で完成させた。
完成させたブロックを俺は祖父に見せたいと言った。
父は渋ったが母がとりなし、父と一緒に見せに行くことになった。
ブロックはダンボールに入れられて車で祖父の家に到着。俺はダンボールを抱えておじいちゃーんとはしゃいで家に入った。
祖父はいつも笑顔で迎えてくれるのだが、その日は出迎えもなく居間で不機嫌そう。
父がブロック二人で作ったと報告すると、いきなり祖父が怒鳴った。
内容は成長してから母に教えてもらったが、
買ってやったものに文句言って礼も言わずに云々らしい。
父は以前から孫の俺の言うがままに何でも買い与える祖父に腹を立てており、
また祖父の頼んでもいないことをやっておいて後から恩に着せるやり方を毛嫌いしていた。
例えば親戚から貰った日本酒を持って行けと渡して、
後日お返しがないといってみたり。
父が置いてあったダンボールを祖父の背中に放り投げ、ブロックの崩れるがらがら音。
見たこともない形相で怒鳴りあう二人。
俺は帰りの車の中でずっと泣いていた。父も祖父も怖かったし、
残してきたブロックも捨てられるのではと。
いつもは男は簡単に泣くなと怒る父だったがその時はひたすら俺に謝って、
帰ってから二人でスーファミやった。
その時までゲームは小学校までなしと両親で話し合っていたらしく、
後日父は母に散々文句言われていた。俺がゲームしたいと騒ぐようになったのが原因だが。
当時の俺には修羅場だったということで。


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912: 名無しさん@おーぷん 2014/09/04(木)23:30:57 ID:ZHcMqnZF8
携帯から失礼。私が直接修羅場ではないけど、小学生の時の事。

小学二年生の時、同じクラスにA君がいた。A君は両親が離婚後、父親が再婚し、新しい母親と、妹と四人で団地に暮らしていた。

妹は父親と新しい母親との間にできた子で、とてもかわいがられてたが、A君はいつもほったらかしにされていた。

新母が夜の仕事なので朝ごはんは食べさせてもらえず、いつも薄汚れた服を来て学校に来ていた。
よく近所で噂になっていたが、A君が三歳の時に団地に引越してきてから、夜は道路で寝ていたそう。
お腹がすくと団地を周り、他人の家の前に残されたラーメンの残り汁を飲んでいたそう。

そんな生活をさせられて、愛情を受けずに育ってしまった彼は、学校では超問題児。

ホースを水道に繋ぎ教室を水浸しにする、授業中にハサミを振り回したり机を投げたり、クラスの男子にちょっかいを出し大暴れ。
私を含め、当時そんな家庭の事情なんて知らなかった生徒たちは、A君が近寄るのも怖く避けていた。授業中断なんて当たり前で、担任だけでは止められずによく教頭が止めに来ていた。

四年生になったある日、家庭科で縫い物をしていた時に、A君がいつものように暴れ回り先生 に押さえられていた。
するとA君は一瞬の隙をつき、なんと針を飲んでしまった。

クラス中大騒ぎになり、担任がが「○○先生呼んできて!」と近くの生徒に言い、
気が付くと救急車の音が聞こえ て、A君が運ばれて行った。

クラス中修羅場だったが、A君は次の日何事もなかったように学校に来た。

最近A君を見かけたという友達の話を聞いたので思い出してカキコ。
30も過ぎたがものすごいヤンキー感だったそう。





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244: 名無しさん@おーぷん 2014/09/09(火)16:19:20 ID:???
母の再婚相手と連れ子達(姉達)がかなり美形なタイプで、私は母そっくりのお多福顏。
父も姉達もすごく優しくて、特に姉達は私が歳離れてるからかとても可愛がってくれてて(上の姉22歳、下の姉21歳、私14歳)、姉達が休みの日にはよく近くのショッピングモールに買い物に連れてってくれる。
母にその事でぶっ飛ばされた。
人間って殴られて本当に吹っ飛ぶんだ~漫画みた~いとか冷静に考えてた。
母は、「ブスなあんたが美人姉妹と一緒に歩いてると、美人姉妹の美人度が下がる!誘われても空気呼んで断れ!」って唾飛ばしながら言われた。
まだ殴ってきそうな雰囲気だったから姉達が私を抱えて逃げ出してくれたおかげで歯が一本折れただけで助かった。
父と母はその後すぐぐらいに離婚した。
私は姉達と一緒に父が引き取ってくれた。


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240: 名無しさん@おーぷん 2014/09/09(火)11:47:28 ID:???
もう何年も365日貯金ってのをやってる。
1から365までの数字を書いた紙を貯金箱に貼っておいて
毎日1つの数字を塗りつぶしながらその分だけ小銭を貯金していくっての。
一年で66795円貯まったら実家(遠方)への帰省費用にしてる。
その貯金をするようになってから、買い物したあとに
なんとなく財布の中の小銭がどれぐらいあるか自然に把握できるようになってたんだけど
(今日はいくら入れれるなーとか)
ここ半年ぐらい貯金箱に入れようとすると、あると思っていた額が財布に無いことがあって
惚けるには早いと思うけどなぁ~勘違いだったのかなぁ~とひとりで悩んでた。
だけど勘違いにしては、ここ最近回数が増えてきて
もしかしてと思って隠しカメラを仕掛けてみたら、義母が夫婦の部屋に入ってきて
箪笥にいれてある私の買い物用バッグから財布を出して小銭を抜いてるところが映ってた。
大抵旦那が遅くて私がお風呂に入ってる時。脱力というか何というか・・・。
義母、年金は大した額貰ってないっていうし(絶対に教えてくれないw)
老後の付き合いとかで惨めな思いをさせるのも可哀想だと思ってたから
年金は自分の為に使って貰ってた。
だけど我が家も裕福なわけでもないから、私の実家への帰省費用ぐらいは
少しずつでもどうにかしようと思ってやってた貯金なのに。
そう思ったらなんかもうブチ切れてしまって
「出て行け――!泥棒と一緒には住めん!今すぐ出てけ――!」
って怒鳴ってた。
結婚して20年、夫の前で怒鳴ったのも義母に怒鳴ったのもこれが初めて。
いくら医療費や冠婚葬祭の私的な付き合い(親戚関係以外)は自分で出して貰ってるとはいえ
年金丸々あれば十分なはずだ。
で夫が問い詰めたら、趣味の会に気に入ったジジイがいて
そのジジイが肩身の狭い同居生活らしくて、小遣いやったりもしてたらしいんだよね。
私の財布から100円玉を2~3枚ずつ抜いて、2000円ぐらいになってはランチに誘ったりもしてたらしい。
それを聞いて今度は夫の方が「なんだと――――!」ってなって。
そりゃあ年とったって恋ぐらいするかも知れないけどさ、貢ぐとか泥棒とか勘弁してほしい。
結局、義母の年金から毎月5万円ずつ夫が預かることになった。
夫はそれを近い将来の介護費用に充てると言っている。
ある意味結果オーライ。


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